理化学研究所、東京理科大学、京都大学、千葉大学、広島大学の5者は、超小型X線衛星「NinjaSat」(ニンジャサット)を用いて、規則的にX線バーストを繰り返す「クロックバースター」という特異な中性子星「SRGA J144459.2-604207」を観測し、その特性を解明したと5月29日に共同発表した。

  • 規則正しい間隔でX線バーストを起こす特異な中性子星と恒星からなる連星系SRGA J1444のイメージ
    (出所:理科大Webサイト)

同成果は、理研 開拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室の玉川徹主任研究員(理研 仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室室長兼任)、理研 長瀧天体ビッグバン研究室の土肥明基礎科学特別研究員、理科大大学院 理学研究科 物理学専攻の武田朋志大学院生(現・広島大大学院 先進理工系科学研究科 日本学術振興会特別研究員)、京大大学院 理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻の榎戸輝揚准教授、千葉大 ハドロン宇宙国際研究センターの岩切渉助教、広島大大学院 先進理工系科学研究科の高橋弘充准教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は3本の論文として、日本天文学会が刊行する学術誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。

超小型X線衛星NinjaSatは、外形寸法30×20×10cmの6Uキューブサットだ。2023年11月11日に高度530kmの地球低軌道に打ち上げられ、初期立ち上げ運用を経て、2024年2月23日から科学観測を開始した。その2日前の2024年2月21日、ロシア・ドイツ共同運用のSRG衛星が、コンパス座の方向約3万3000光年先に新天体を発見。これを受け、NinjaSatチームは当初の計画をすべてキャンセルし、同天体の長期観測を決断した。

  • 打ち上げ前、CubeSat放出装置に格納されるNinjaSat(ナノアビオニクス社より提供を受けた画像)
    (出所:理科大Webサイト)

  • SpaceXファルコン9ロケットによるNinjaSatの打ち上げ(SpaceX社より提供を受けた画像)
    (出所:理科大Webサイト)

他の大型X線衛星は、さまざまな制約からひとつの天体に対する連続観測は通常数日程度である。しかし、NinjaSatは超小型であるが故に臨機応変に観測対象を変更でき、25日間の長期占有観測が実現された。

新天体は発見直後から、数十秒間だけX線で突然明るくなるX線バーストが多数観測された。その発生間隔が約1.7時間と規則正しいことから、恒星と中性子星の連星系の中でも極めて稀なクロックバースターであると示唆された。

  • NinjaSatが観測したSRGA J1444のX線強度変化。この新天体は発見以降、急速に暗くなったことが観測データ(赤色)からわかる。黒色は、理研が宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同運用する国際宇宙ステーションの全天X線監視装置(MAXI)による観測結果
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

長期観測の結果、新天体の定常X線放射は時間と共に徐々に暗くなり、それに伴いX線バーストの発生間隔も1.7時間から徐々に伸びていくことが確認された。新天体の定常X線放射の明るさは、連星系の伴星から中性子星に降り積もる物質の量が反映される。X線で暗くなるということは、その物質量が減少し、X線バースト発生に必要な燃料が蓄積しにくくなることを意味する。これにより、X線バーストの発生間隔が徐々に伸びていると考えられた。このX線の明るさとX線バーストの発生間隔の関係から、新天体は限界質量に近い太陽の2倍超の中性子と推測された(量子効果で支えられる中性子星の限界質量は、太陽の約2倍と見積もられている)。

  • NinjaSatが観測したSRGA J1444のX線の明るさとX線バースト発生時間間隔の関係。X線が暗くなるにつれて、バースト発生間隔が長くなる。〇に黒線は、同衛星が観測したデータ。青色の破線は、同衛星の観測結果を最もよく再現する直線
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

  • NinjaSatが観測したSRGA J1444からのX線バーストの特徴。同衛星による観測日時が進むにつれて、バーストの形状(凸状の部分)が変化している
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

伴星からの物質の大半は、水素とヘリウムだ。水素が多いと長く核融合が続くので、X線バーストの継続時間が長くなる。特に、これまでに発見されたクロックバースターでは、約40秒の継続時間が観測され、水素が多い環境が示唆されていた。しかし、新天体のバースト継続時間は約20秒と短く、このことから新天体は、観測史上初の伴星から降り積もる物質がヘリウムに富むクロックバースターであることが判明した。

これは、伴星の表面がヘリウムに富むことを意味する。この事実は、連星系の進化を理解する上で極めて重要だ。ヘリウムは星内部の深い部分でしか生成されない。そのため、もともと太陽の2倍以上の質量を持つ星の外層が、現在まで太陽より軽くなるほど大きく削り取られた過去があることが明らかにされた。

これまでの宇宙科学観測は、国の宇宙機関主導の大型衛星により行われてきた。しかしNinjaSatが切り開いた手法は、宇宙観測のゲームチェンジャーになる可能性がある。大型科学衛星と、それを補完する超小型衛星を組み合わせることで、高い費用対効果で宇宙科学を発展させる、新しい枠組みの可能性が見えてきた。

また、天の川銀河には今回の新天体のような突発的に明るくなるX線天体が数多く隠れている。そうした時間変動に着目する時間軸天文学において、超小型衛星が有効な観測手段であることも今回の研究で示された。

さらに、大型衛星は計画から実現まで10年を超える一方、NinjaSatのような超小型衛星は計画開始から科学観測実施まで3年以下しかかからない。これにより、実践経験を積んだ若手研究者を、速いサイクルで着実に育成できるという。プロジェクトの大型化や長期化が進む基礎科学において、NinjaSatが開拓した手法は、研究人材育成の解決策のひとつとなることが期待されるとしている。