冨山和彦の【わたしの一冊】『日本が心配』

ご存知、養老孟司先生の最新著である。大ベストセラー『バカの壁』を始め、私は養老先生の大ファン。私たち人間の脳の力の限界、すなわち物事の本質、人間の本質を理解するうえで、いかに大きな「バカの壁」が存在するかについて、先生の著書やコメントからいつも多くの気付きをもらっている。

 本書は、いつか必ずやってくる「南海トラフ大地震」とその影響について、私たちの多くが「バカの壁」の虜であることを、何人かの専門家との対話を通じて気付かせてくれる内容になっている。

 当然のことながら、被災地域の人口規模、産業規模において、あの巨大地震、東日本大震災よりも桁違いに大きな被害が想定される南海トラフ大地震。しかし、多くの日本人は正常性バイアスの中に生きていて、その深刻さ、直接的な被害だけでなくその後の日本の社会に対する影響も含めた深刻さについて、本気で想像力を働かせ、そのための準備をしているとは思えない。私自身もそんな日本人の一人かも知れない。

 企業再生専門家としての経験で言えば、企業が経営危機に陥っていくプロセスにおいても、当事者たちに同じような思考停止が起きるのを何度も見てきた。真面目に考えるほど、その先の悲惨な展開が想定できる状況においては、当事者だからこそ、かのカエサルが喝破したとおり「人間は見たい現実を見る」生き物になる。「バカの壁」の内側に閉じこもり、今日と同じような明日が来る日常が永遠に続く世界に逃げ込んでしまうのだ。

 本書の素晴らしさは、巨大地震とその影響に関する「バカの壁」を超えた場所にいる関連分野の専門家たちの知見を、対話の名手である養老先生の力で誰でも容易に理解できる読み物になっていることにある。

 南海トラフ大地震の影響を受けないビジネスパースンはいないと思う。是非とも本書を手に取って「バカの壁」の外側に出るきっかけにしてもらいたい。

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